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ハナ絵本、10冊限定でお譲りします。

7/2、10冊お申し込みいただきましたので、締め切らせていただきます。ありがとうございました!

以前から、何人かの方からご要望をいただいていましたハナ絵本を、10冊限定で作りましたので、再販いたします。

ハナ絵本内容は→コチラ

絵本の様子は→コチラ

*本編は全てひらがな、ブログ発表時とは写真の一部が変わっています。


PA0_0131.jpg「なこもお手伝いしたんだよ♪」
なこの黒い毛が表紙に入ったりして、大変でした(苦)。








前回と同じく、材料費、送料込みで1冊1050円です。(利益を得るものではありません)
手作りですので、上手にできていないところもあると思います。ご了承ください。


前回は、郵便局に振込みをお願いしたのですが、転居に伴い引き出しに行けなくなったので、今回は銀行口座への振込みをお願いしたいと思います。
振込み手数料がかかってしまうと思いますが(315円くらい?)
すみません、よろしくお願いします。






(お申し込み方法)
先着10名さまとなります。
非公開にチェックを入れて(パソコン:投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ますにチェック  携帯:管理人への秘密のコメントにチェック )、コメントを入れてください。

ひとまず、①お名前 ②メールアドレス(お間違いないよう~)を書き込んでください。
のちほど、詳しくご連絡いたします。 

基本的にはお一人さま1冊でお願いします。
余ったら(笑)また呼びかけますね。




いつもありがとうございます♪
にほんブログ村 犬ブログ パグへ

なこは、お星様になりました。

7月7日、七夕の日の夕方、なこの状態が急変し、天に召されました。

それまで、直前まで本当に元気で、一緒に絵本を作ったり、お昼寝したり、一緒にパンを食べたりしていました。
急に吐いて、ぐったりと倒れこみ、病院に運んでいろいろと治療をしてもらったのですが、とても厳しい状況で、最後は、わたしから、もういいですと言いました。
「よくがんばった、なこはいい子」って声をかけてやりました。

原因は心臓ではないだろうか、と言われました。

ほんの数秒の出来事でしたが、ちゃんとわたしが一緒の時を選んでくれました。
今日、火葬をしてきます。
なこと育てた庭の花を、たくさん入れてやりたいと思います。


わたしの為にシッポを振るような、本当に優しい子でした。
控えめで、他の子を押しのけるようなところがなくて、ハナのように目立つ事はなかったかもしれないけれど、いつも「なこはこれでいいの」って言ってるみたいでした。
本当にかわいい子でした。


とても頼りにしていたので、今は悲しみが深く、これからなこがいない生活を、どうやって過ごしたらいいのか、まだわかりません。
ゆっくりと静かに、悲しみと向き合いたいと思います。

なこを応援してくださった方々、本当にありがとうございました。
PA0_0132.jpg


愛しいなこに、花束を。

みなさま、たくさんのメッセージ、メール、本当にありがとうございます。
悲しくて悲しくて、とてもすぐには立ち直れそうにないけれど、こうしてたくさんの方が悲しみを分かち合って下さって、すごく励みになっています。



仕事中は、なこが家にいる気がしてまだいいのですが、帰ってきても迎えがないことが、とても辛いです。
フェレットの爺がごはんを食べる音なんかが聞こえると、少しだけ安心します。




あの日、病院に運んで、処置が行われている間、わたしは邪魔にならないように、なこの後ろ側にいました。
がんばっているなこに触っていたくて、シッポをつかんでいました。
でもそれは、天に昇っていくなこを、下から必死で捕まえようとしているような感覚でした。




「なこ、がんばって」と言いながら、心の中ではたぶん、そう思っていなかった。
わたしはもう、わかっていたんです。
何度も、危ない場面から復活してきたなこだけど、今回は違うということを・・。
なこ自身が、旅立ちを決めたということを・・。
「がんばって」という言葉とは裏腹に、わたしはもう、心の中では受け入れていたんだと思います。






直前まで元気に見えましたが、やっぱりなこは、がんばっていたんだと思います。

来てすぐに、子宮脱で手術(出産や、繰り返された帝王切開の影響と思われます)。
すでにかかっていたフィラリアの発覚。(そのため、少しずつ、心機能も低下していたと思います。)
肥満細胞腫になって、悩みながら部分切除をしたこと。
肝不全になってごはんを工夫したり・・。



本当に様々な病気を抱えながらも、なこは元気に過ごしました。
でも、ここがなこにとって、命の限界だったんだと思います。
赤ちゃんを何度も産むということは、こんなにも、体に負担がかかるという事なんだと思います。







後悔もないし、恨みもない。
でも、なこがもういないということが、悲しくて悲しくて、たまらないんです。

どんな境遇で育とうと、少しも人間を疑わなくて、人が大好きだったなこ。
出会ったその日から、シッポをブンブン振って、わたしの迎えを喜んでくれたなこ。
本当は怖がりなのに、何にでもチャレンジした、勇気のあるなこ。
したくない時でも、散歩やゲームに誘われると「じゃあ、せっかくだからしてみようかな」って付き合ってくれたなこ。
いつだって、相手の事を思いやる、優しい子でした。






彼女たちは、人間にかわいがられるのが初めてで、何をしてあげても喜んで、何をしてあげても「ありがとう」と感謝する。
名前をつけてくれた、ごはんをくれた、声をかけてくれた、頭をなでてくれた、散歩に連れて行ってくれた。
そんなことで、満足してしまう。




とても謙虚で、控えめで、ほんのささやかな暮らしに満足して、「もう十分です、これ以上望むものはありません」なんて言って、こんなにも早く、旅立ってしまう。




ハナは、うちに来て2年3ヶ月。
なこは、2年2ヶ月。



なこは、ハナが譲ってくれたこの場所に、ハナより長く居ようなんて、思えなかったのかもしれない。
自分もまた、次の子に、この場所を譲ろうとしたのかもしれない。
なこは本当に、そういう子だから・・。



わたしは、認めたくなかったけれど、わかっていました。
2年たって、心身ともに、普通の家庭犬になれたなこが、もう満足したということを・・。
ゴールみたいなものを、感じていました。


亡くなる数時間前、まだなこにはなんの徴候もないのに、わたしはなこと一緒に昼寝しながら、「この2年、なこには色々心配かけたよね。なこはいつも、なんとかなるよって言って、まいちゃんを励ましてくれたよね、ありがとう」って話しかけていました。

亡くなる2日前には、久しぶりになこと学校の先生を訪ね、2年たって、最近なこが普通の犬になれたこと、なこを迎えて本当によかったことなどを、たくさん話しました。
そして、自分のしてきた事は間違いじゃないと感じ、とても幸せな気持ちになりました。



きっと、なこが十分満足した事、なこが旅立ちを決めた事を、感じ取っていたんだと思います。









まだ新しい職場に変わって3ヶ月、仕事には慣れてきましたが、急な休みは言い出しにくい状況です。
なこはちゃんと、土曜日を選んでくれました。




全てはきっと、なるようになっている。
ちゃんとうまくいっている。



わかっているけど、神様。
それでも、悲しくてしかたないんです。
なこが好きで、好きで、胸が痛いです。

なこの星。

前回の記事を書いてから、気持ちが落ち着いてきています。
読んでくださっているみなさま、本当にありがとうございます。
いただいたコメントは、大切に読ませていただいています。
感謝いたします。







七夕の日に旅立ったなこ。
かわいい星模様の袋に入れてやりました。
コピー ~ PA0_0135  PA0_0134_20120711220355.jpg

7月7日、享年7歳、なこ。
これでもかというくらい、ラッキーセブンを連発したなこ。
「悲しい事なんかじゃないんだよ」って、言ってるんでしょうか。





なこが旅立った7月7日、福岡地方は曇りでしたが、夜には晴れて、星空が見えたそうです。
梅雨なのに、それから3日間晴れました。


なこの火葬の日も、とてもいいお天気で、湿度もなくさわやかな1日でした。
なこらしいお天気でした。



なこの棺に、なこと育てた庭の花をたくさん入れました。
この時期は、ささやかなお花が多く、なこらしい素朴な花を入れました。
庭で次々に花を摘んでいたら、なこが「まいちゃん、そんなにたくさんいらないよ」って言った気がしました。
でも、今日は特別だから・・。


それから、パン屋さんのこまみさんが持ってきてくれたパンと、まきちさん、だむさんが買ってくれたバナナ、amiさんがいつも送ってくれていたオヤツを入れました。
学校の先生も、なこが散策するのが好きだったお庭の花を、花束にしてくれました。

なこの両手で抱えるようにバナナを持たせたら、なこがバナナに乗って空に行ったような格好になって、とてもかわいかったです。
なこもまた、とても安らかな、かわいい顔をしていました。



母と、まきちさん、だむさんと一緒に、なこを見送りました。
PA0_0136.jpg左の煙突から、煙が昇っていきました。







ハナは、10日くらい家にいたようでしたが、なこはピュ~っと急いで天に昇って行ったようで、気配を感じませんでした。

やはり、自分で決めて、自らの意思で天国へ行ったのだと思います。
気配がないのは寂しいけれど、遠くから、強く守られているのを感じます。






七夕の日に、なこは星になった。
その星は、一等星とか、目立つ星ではない気がする。
キラキラ輝く星ではなく、優しく、小さく、瞬く星。
そっと寄り添うような、見守るような、ささやかな優しい星。


わたしは、そんななこに、憧れます。





いつも何度でも

 なこに、この歌を贈ります。
 旅立ちの前夜、なこと一緒に携帯のテレビで、千と千尋の神隠しを見ました。

 そのエンディングで、この歌すごいなあ・・とわたしは涙を流しました。
 いつか来る、なこの旅立ちについて考えたりしましたが、それは、決して絶望なんかじゃなかった。
 その時、わたしには多分、心の準備ができ始めていました。

 




 

 呼んでいる 胸のどこか奥で
 いつも心躍る 夢を見たい
 かなしみは 数えきれないけれど
 その向こうできっと あなたに会える


 繰り返すあやまちの そのたび ひとは
 ただ青い空の 青さを知る
 果てしなく 道は続いて見えるけれど
 この両手は 光を抱ける


 さよならのときの 静かな胸
 ゼロになるからだが 耳をすませる
 生きている不思議 死んでいく不思議
 花も風も街も みんなおなじ

 
 呼んでいる 胸のどこか奥で
 いつも何度でも 夢を描こう
 かなしみの数を 言い尽くすより
 同じくちびるで そっとうたおう


 閉じていく思い出の そのなかにいつも
 忘れたくない ささやきを聞く
 こなごなに砕かれた 鏡の上にも
 新しい景色が 映される


 はじまりの朝の 静かな窓
 ゼロになるからだ 充たされてゆけ
 海の彼方には もう探さない
 輝くものは いつもここに
 わたしのなかに
 見つけられたから


PA0_0141_20120713225535.jpg旅立ち前夜。なこ最後の写真。

夢のはなし

昨日、夢を見ました。


わたしはなぜか、ハナを兄に預けているという設定で、何日かぶりにハナが戻ってくるということになっていました。
玄関に兄が着いたとき、わたしはハナに会えるのが嬉しくて、部屋の戸を開けて「ハナ!」と呼びながら廊下に飛び出ました。
夢では、預けたのは3日くらいのようでしたが、実際には亡くなってから2年8ヶ月ぶりなわけですから、ものすごく嬉しくて、「ハナ!ハナ!」と、何度も名前を呼びながら体をなでました。
ハナは、預けられた事を少しすねていて、初めあまりつれない態度をしていましたが、そのうちシッポをふって甘えてきました。
わたしはハナを触りながら、ハナがとっても小さかったことを思い出していました。
そして、生きていたときにしていたように、「ちっちゃいハーちゃん♪」と言いながらかわいがりました。
ハナがあまり素直じゃなく、すねたりするという性格も、忘れていたはずなのにものすごくリアルでした。



ハナをかわいがっていると、横にはなこも来ていて、少し遠慮がちにじっと待っていました。
わたしは最高に嬉しくて、「なこ!なこ!かわいい!」「ハナもかわいい!」と交互になでて、「2人ともいい子やね」と一緒に抱え込みました。
なこはハナよりも少しだけ大きくて、とても正確な図というか、本当にリアルでした。


記憶は薄れているのに、このリアルさはなんなのでしょうか?
2人同時に見たことがないのに、このリアルさはなんなのでしょうか・・?




それはまさしく、本物だからだと思います。
わたしは夢の中で、本当に2人に会えた。
2人の魂は、生きているという証拠ではないでしょうか?



実際にはありえなかった、2人同時にいるという設定。
おばあちゃんは忙しいらしく、あまり出てきませんが、嬉しくて、幸せで、死にそうでした。
ずっと、醒めないでいてほしかった。

夢のはなし②

今日もまた、夢のはなしです。





なこが亡くなって、わたしの悲しみが一番深かった時期、ハナの夢を見ました。
頭の中は、なこばっかりで、ハナのことは思い出さなかった時期でした。







わたしがなこと歩いていると、里親募集中のパグの写真が目に入りました。
それはハナで、そこには、「まいさんに飼われていたハナちゃんと思われます」と書いてあったんです。


わたしは夢の中で、なぜかハナを里子に出して、今はなこを飼っているという設定になっていました。
里子に出した経緯は、「もうハナと暮らして2年経ったから、一度ハナを返すことにした」というものでした。
わたしは、夢の中でその経緯を思い出し、「なんてひどいことをしたんだろう、ハナを里子に出すなんて・・。」と悔やみました。
そして、なこと一緒に飼おう、と決心してハナを迎えに行こうとする・・というものでした。





わたしは目が覚めてからも、ハナを里子に出したという感覚が抜けず、午前中いっぱい悲しい気持ちで過ごしました。
でも、この夢の意味を考えていて、ハナが生まれ変わったということではないかと思い立ちました。

「2年経ったから返す」

わたしはうちにきて2年3ヶ月でハナが亡くなった時、「ハナを神様の元にお返します」とブログで書きました。
ということは、神様の元に里子に出して、それを今から迎えに行く・・?




ハナはどこかで生まれ変わっている、ということだと思いました。
ハナは亡くなったあとのアニマルコミュニケーションで、なんとしてもわたしのところにまた行きたい、と伝えてきていました。


わたしはこの夢を見た頃、どん底の状態でしたが、こうやって、またハナやなこに再会できるのだと思い、気持ちが明るくなった事を覚えています。
いつか、どこかでまた出会う子。
その子は、かつて愛した子なのかもしれません。





美しいもの

先日両親と、わたしが子供の頃のことを話をしていた時。

ふと、わたしがまだ言葉を覚え始めた時、「きれい」と言えなくて「きー」と言っていた、という話を以前聞いたことを思い出した。

わたしは割と、何かを見て「きれい」と感じたり、それを言葉に出すことが多い。
それは、降ってくる雪だったり、花だったり、絵だったり、この世界にある、色んな色だったり。
そして、きれいなものを見て、小さな幸せを感じたりする。


「きー」と言っていた、という話を思い出しながら、まだ言葉を覚え始めた頃に、「きれい」と言おうとするなんて、わたしったら子供のくせに、どんなすごい感性なの!と初めは思ったのだが、やがて、そんな小さな子が、そんな感性を持ち合わせているはずはないだろうと気がついた。


「きれいね」とわたしに話しかけたのは、母なのだ。
母が、「見てごらん、きれいね」と、わたしに美しいものを見せたのだ。


何を美しいと感じるか。
この世の中にある、美しいものたち。

そう感じる心は、勝手に芽生えたのではなく、教えられ、育てられたのだ。




それに気づいたとき、わたしは親に感謝した。
ありがとう。

美しいものは、人の心を豊かにする。

センス・オブ・ワンダー

福岡にしては珍しく たくさんの雪が降った日。
車を運転していたわたしは、窓に降り積もる雪の一粒一粒が、六角形の結晶のかたちをしていることに気がついた。

次々と降り積もる雪が、全て六角形で、それぞれが少しずつ違うかたちだった。
福岡でこれほどの雪が降ることは珍しく、わたしはそれを、生まれて初めて見た。



なんて美しいのだろう。
雪の一粒ずつを、こんなかたちにするなんて、神さまの作った世界はすごい。
この世の中には、まだわたしの知らない、どれほどの美しいものが隠されているのだろう。


鳥や虫は、地面に降り積もるこの雪を、一体どんなふうに見ているのだろう。
目の高さに降り積もる、美しい雪の結晶。






美しいものは、その時のコンディションによっては、うっかり見逃してしまう。
道端の草花、空の色、季節の移り変わり。


気づくか、気づかないか。
宝石に見えるか、がらくたに見えるか。


美しいものを見つけるには、美しさを感じる心が必要だ。
人間には色んなことが起こるから、色んな雑念が入るから、時にそれは失われてしまう。


なこを失ってから、世界はずっと白黒だった。
でも、雪の結晶を見たとき、目が覚めたような気持ちになって、嬉しくてたまらなかった。

健康な心で、美しいものを、たくさん見たい。



外が大好きだったなこ。
なこはあの澄んだ心で、どれだけの美しいものに出会ったのだろう。
なこになら、妖精だって見えたに違いない。



なこの一生は短かったけれど、わたしが思っているよりもずっと、たくさんの美しいものに囲まれていたのかもしれない。
子供のように、素直な心で、世界を色鮮やかに感じたのかもしれない。




もっともっと生きて、美しいものをたくさん見たい。




「春の庭から」





芽吹いたばかりの 緑のなかから



あの子が駆けてくる



訪れた春に



胸を 躍らせながら

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なこ、できることなら



これからもずっと



わたしを 見守っていてほしい




なこは庭に還りました

今日、5月1日は、なこの誕生日。

なこがわたしのところに来てくれた、この美しい季節に、なこを庭に埋葬しました。






庭全体が見渡せる場所に、なこの骨を埋めました。

なこは、ハナのとなりにいます。


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今日は曇り空の中、時々晴れ間が見える天気でしたが、なこを庭に還したあと、パアッと陽が射しました。

強い風が吹いて、なこの骨のうち、一部はわたしの手から風に乗って、庭のあちこちに運ばれていきました。


なこは、庭の一部になりました。





なこがいなくなってから、世界は白黒で、庭に目が向かない日が続いていたけれど、今日とても久しぶりに、新しい花を植えたいと思いました。

なこやハナのお墓まわりは、白い花が中心の場所でしたが、薄いピンクやクリームイエローなどの花を足してみようと思いました。






なこは庭にいるのだ、と思ったら、少し希望が湧いてきました。

なこ、ありがとう。

PA0_0389_20130501194934.jpg

七夕の日に

あれから1年。
長い、長い1年だった。



今年も、なこと育てた花が咲く。
去年よりも、立派に咲く。



全てに意味があって、全てはなるようになっているとは、まだ思えないけれど。
あと何年かしたら、このお別れの意味がわかるかもしれない。
おばあちゃんと別れて、ハナに会ったように。
ハナと別れて、なこに会ったように。



何事も、10年くらい経つと、つじつまが合ってくる。
「あの時、この出来事があったから」



うまくいかないことも、不運と思えるようなことでさえ、実は未来につながっている。
今はどんな未来につながるだろう。
その先に、光がありますように。



七夕の日に星になったなこが
おぼろげな未来を、優しく照らす。



「大丈夫、なんとかなるよ」





追伸:7月7日、ハナハウス地方では、夜空に満天の星が見えました。





携帯から

パソコンが完全に壊れました(苦)。
新しいのが来たら、また更新します。
いつも見に来て下さってるかた、申し訳ありません。

儀式

曇りの日はけっこう好きだ。


空と地上の境目がぼんやりとして、あの子たちがいる世界を、少し近くに感じるからかもしれない。


曇り空に浮かぶ、たくさんの気球を見つけた時、わたしは気球を目指して夢中で歩いていた。



気球4




辺りはとても静かで、時々、気球を上昇させる為の、バーナーの炎の音だけが聞こえる。


曇り空の中で、空にオレンジの炎が上がる。


それは、とても幻想的な光景だった。


遠くの空に見えるぼんやりとした炎は、なんだか命のともし火みたいだったし、


気球が空に昇っていく速さって、とてもゆっくりで優しくて、


地上から天国に行くときのスピードみたいって思った。




気球に乗った人たちが、遠く地上に向かって手を振った。


地上にいた人が、それに応えて手を振りかえしている。


お互いに、誰かと姿を重ねているようにも見えた。


「そこから私が見えますか?」




恥かしがらずに、わたしも手を振ればよかった。


なこ、ハナ、おばあちゃん、そこからわたしが見えますか?


気球3




地上にいるわたし達には、時々儀式が必要だ。


心の整理をつけていく、優しい儀式が必要だ。


あの子はもう大丈夫だと思えるまで。


自分はもう大丈夫だと思えるまで。



残された者たちは、こうやって、何度でも見送るのだ。


愛しいものたちを、何度でも。


別れるのではなく、手放すのでもなく、見送るのだ。






わたし達は、あの子たちがいるあの空に、永遠に憧れる。


今はまだ届かないあの空に、永久に憧れる。










駐車場まで戻って空を見上げてみたら、もうそこに、気球はなかった。


一瞬、気球はあの子たちと一緒に、空に戻って行ったのかと思ったけれど、


そうではなく、競技が終わって、地上に降りたのだと気が付いた。


でも、それはどちらも、そう変わりのないことかもしれない、と思いながら、わたしは帰路についた。


命のループ

マルコに初めて会った日、帰ってきてから、なぜだか涙が止まらなかった。


なこを思い出して悲しい、とかではなく、とても嬉しかったのだ。








おばあちゃん、ハナ、なことの暮らし。


たくさんの喜びと、悲しみ。


3つの出会いと、3つのお別れを通して、わかったことがある。


出会わなければよかったなんてわけはなく、お別れがどんなに悲しくったって、会えてよかったのだ。


会えなかった人生なんて、なかったのだ。


必要のないお別れもまた、なかったのだ。


そうやって、3つの命と生きたことが、点から線にまではなっていた。








でも、小さなマルコに出会った時、衝撃が走った。


頭ではわかっていたこと。でも、忘れていた。


見送ったら、そこで終わりではないのだ。


また、生まれてくるのだ、と思った。








あの時、すべてはループとなってつながった。


花が冬に枯れても、春になれば、また芽吹くように。


ハナのライラックが、毎年咲くように。


それは、なこが庭で、繰り返し教えてくれていたことだった。


マルコ、生まれてきてくれてありがとう。




マルコ1かわいいマルコ(9か月)

かわいいハナへ・・

ハナ。
あれから4年。
4年も経ってしまった。

ハナの誕生日は忘れないけど、今日のこの日は、お昼くらいまで忘れていた。
でも、それでいいのかもしれないね。


ハナハウスの庭では、一緒に植えた木がずいぶんと大きくなった。
手抜きだらけだけど、あの頃思い描いたような庭に近づいたよ。
春にはいつも、ハナやなこやももおばあちゃんが、花々の間から、駆けてくるような気がする。


今ではもう、泣かずにハナを思い出すことができる。
いつも思っているから、思い出すという言い方は、間違いなのかもしれないね。


4年の間に、ハナは少しずつわたしの心に取り込まれていって、今ではもう、ハナはわたしの一部になった気がする。
家でも仕事中でも、どこにいても一緒にいる気がする。


それに、いつかもう一度、触れるハナに出会えることも、確信してる。


さみしくないことがわかるまでに、こんなにかかってしまったよ。
その間、ずっとずっと、ハナがわたしを思ってくれていたこと、わかってたよ。
わかっていたけど、ここまで来るにはたくさんの時間が必要だった。


悲しみが癒えた時、確かな、深い深い愛情で、再び結ばれること、ももおばあちゃんが教えてくれたから、ハナのこともがんばれた。
なこのこともがんばれる。


ハナ、あの頃よりも深い絆で、いつか必ず、また会おう。

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ある場所に貼ってあったカレンダーに書いてあったことば






拝んでいなくても 

拝まれている。





愛されつくした、私たちの愛するつくし

全てを、わかっていたかのような生き方だった。

短いけれど、濃い人生を駆け抜けて、あの子は空に還った。

生まれる前にいたところに、帰っていった。



わたしは、わたしが好きなことをするの。

空気なんて、読んでいる暇はないの。

大好きなひとがいたら、飛びかかるし、

食べたいものがあったら、遠慮なく食べるの。

だって、そうしたいんだもん。

迷惑だったら、なんて考えちゃだめよ。

毎日、楽しい!

好きなように生きて、毎日笑って、わたしはとっても幸せ!!




最期の時、「私の人生、こんなはずじゃなかった」なんて言いたくない。

我慢して、自分を抑えて、やりたいことできなかった、なんて言いたくない。


つくしは、微塵の後悔も残さずに、楽しいまま旅立った。

わたし達は、そんな彼女に憧れます。

ねえ、だから、わがままに今を生きよう!



そこにあるのは、愛だけ。

友達の愛犬が、手術をすることになりました。
その子にとって、何が一番いいことなのか、悩みに悩み、一生懸命に決断したのだと思います。
今日は友達への、そして同じように悩む方々へのメッセージです。




思えばわたしも、ももおばあちゃんやなこといた頃、何度何度も何度も、治療の決断に迫られた。
人間だったら、「自分はこうしたい」という意思を確認できるから、ある程度はその軸に沿って治療を決めていくことができるし、その後どんな経過をたどったとしても、「本人がしたいようにした」と思うことができる。



けれど、愛犬の命は、すべて飼い主に委ねられていて、愛犬を大切に思えば思うほど、飼い主は思い悩む。
「長生きしてほしい、でも。」
「こんな治療、この子は望んでないんじゃないか」
「これは飼い主のエゴなんじゃないか」


共通の願いは、「ずっと一緒にいたい」、だ。
でもそれはきっと、相手も同じなんじゃないかと思う。
愛犬だって、そんなにまで自分を想ってくれる飼い主と、ずっと一緒にいたいと思う。



あの頃は、自分も悩んでいる中にいたから、見えにくかったこともあったけれど、今少し離れた場所から見ていると、そこには「愛」しかないように思う。
二人の間に、愛情の交換が見える。



病気になったことは、とてもつらい。
でも、それまでにはなかった、深い深い心の交流が、そこから始まる。



ハナがうちに来たばかりの頃、わたしが帰宅するなり倒れて、病院に駆け込んだことがあった。
病院についたらケロッとしていて、わたしはもう本当に安堵して、帰りの車の中、すごく変な靴で出てきた自分を少し笑いながら、「もう~心配したんだよ~」とハナに言ったら、見たことないすごく嬉しそうな顔をして、シッポを振ったことがあった。

あの子たちは何も、ごはんやおやつや散歩ばかりが嬉しいわけじゃない。
飼い主と、心が通うことが、本当に嬉しいんだと思った。




今、これでいいのかと、とても悩んでいると思うけれど、その中にいるとわからないかもしれないけれど、二人は愛に包まれている。
飼い主から愛犬、だけでなく、愛犬から飼い主にも、愛が注がれているのを、きっと実感しているはず。
二人は、愛の中にいる。




なこが病気になる度に、いつも思っていた。
病名を聞かされても、なこは何も変わらない。
いつものようにおいしくごはんを食べ、いつものようにゴキゲンで。



ももおばあちゃんだって、最期は苦しそうだったけど、でも、何も恐れていなかった。
恐がるのは、人間だけだ。
動物は、とても強い。



だけど、どうか怖がる自分を責めないで。
ただひたすらに生きるどうぶつから、もらえるパワーはとても大きいのです。
愛犬もまた、飼い主の力になりたいのです。


自分がお世話しているように見えて、いつもあの子たちに励まされていることを、わたしはいつも感じていました。
たとえ、弱ってしまった身体でも、愛が溢れてくる。
わたし達はいつも、お互いさまなのです。



飼い主の葛藤を、決断を、全て「愛」として受け取って、この子はとても幸せに違いないでしょう。




つっきー、大丈夫だよ。

なこの夢

なこが夢に出てきて、1か月くらい一緒に過ごしたあと、また死んでしまった。

わたしはなこが、一度天国に行ったことをちゃんとわかっていて、

「なこ、生き返ったの?それでまた死んだの?じゃあまた生き返る?また会えるってこと?」って繰り返し、誰かに聞いていた。




それにしても、起きた時は、悲しみよりもまた会えたことのほうが嬉しくて、すごい幸福感だった。

1か月というのもすごい。一晩で見る、夢の中の時間の流れって、どうなっているんだろう。

夢って、あの世に通じてるんじゃないのかな。

意識不明なのと、寝ているのは、よく似ている。

起こしたら、起きるか起きないかの違いだ。

あの世とこの世の時間の交わり方って、とても自由な気がする。

「君の名は」で、時空のつじつまを、色々批判する人が沢山いたけれど、なんかそういうケチケチしたことではない気がする。

(3回観た)




それにしても、1か月もなこと過ごすことができた。嬉しい!

起きかけた時、この世界から帰りたくない!と思って、なかなか目を開けられなかった。

かわいいなこ。久しぶりに会えたね。一緒にいられたね。

最後はお別れしたけど、結論は「また会える」だった。

それが、一番うれしい!




夢って、怖い夢を見ていたとしても、最後に残る感情で、「いい夢だった」とか「悪い夢だった」という印象が決まって、起きたその日の気分まで左右することがある。

宇宙とか、神様からのメッセージなのかな。

夢でもわたしはわたしで、反応もとてもリアルで、夢もまた、実際の体験とも言える。

だったら、今日わたしはなこに会った、というのが事実だ。

うれしいな。

なこ、また会おうね!

「今」

「今」




失うことを おそれない





愛することを おそれない





あるのは 今だけ





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マナティ



パグが好きなひとは、きっと、必ず好きだと思う。








マナティ(*´~`*)
マナティ④










美ら海水族館のジンベイザメよりも、わたしが注目したのが、外のマナティ館(無料)にいる、このマナティ。
わたしを見て、くるくる回って何度もあいさつしてくれました。
かわいいマナティ。
ここで生まれたこの子。ここでお客さんを喜ばせるのが嬉しそう。





草食で、キャベツみたいなのを、おててに持って食べます。
手をよく使って、下まで泳いだら、床に手をついてターンします。

マナティ③



誰かに似てるな~と思っていたら・・。







ほら、そっくり。
ハナ横顔

新しい朝。



年が明けてから、もう1か月。
すばらしい初日の出を見て、今年はいい年にしよう、と思った。
でも1か月が経ち、現実はすでにもう、バタバタの毎日・・。



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しーちゃん、朝日、たくさん浴びてね。
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こんなにも美しい風景にさえ、あまり心が動かなくなっている。
これじゃいけない((+_+))
きっと忙しすぎなんだろう。

忙しさには、いい忙しさと、悪い忙しさがある。

自分に合ったペースで生きるのが、今年の目標です。
絶対、実現します!
取り戻せ、美しいものを見つける感性!






春は、すぐそこ。



春の訪れを告げる花、スノードロップ。
ほんとに、真っ白な、ハッカのあめみたい。


咲いてくれて、ありがとう。





この10センチほどの小さな花が、落ち葉の間からそっと姿を見せると、毎年、「春が来る~!」と、楽しくなります。
実際にはまだまだ寒いのですが、春はすぐそこだという、希望が湧いてくるのです。






人はなぜ、春を待つのでしょうね。






お花には、種から育って咲き、その年のうちに枯れてしまう「一年草」と、冬には地上から消えても、地面の中で根っこは生きていて、毎年咲く「宿根草」というものがあります。


宿根草は、見えなくなっている間、枯れたのか生きているのかわからなくて、(植えた場所さえわからなくなるので、印をつけます)春になると、去年は咲いていた花の芽が、今年は出なかった、ということも何度もありました。




そんな宿根草が、春に芽を出し始めると、「ああ、生きていた!」と感動します。
しばらく会っていなかった、友達に再会したような気持ちになります。




言うなれば、ハナやなこやおばあちゃんに、また会えたような気持ちです。
人は、何かにまた会いたくて、春を待つのかもしれませんね。









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まいちゃん

春だよ


また、なこの夢。

夢の話は、時間がたつと忘れてしまうから、急いで書かなくては。



なこがまた出てきてくれました。


今回もまた、わたしはなこが亡くなったとわかっていて、天国にいるなこを見ているという場面で、なこはわたしが見ていると気づかずに、チョチョッとおしっこをしたりしながらお散歩しています(女の子なのにマーキング癖があったのを思い出しました。)


わたしは、わあ~なこ、変わってない!と嬉しくなり、「なこ~!」と遠くから声をかけると、走ってきてくれました(嬉)。







場面は変わり、ハナハウスへ。
外は春のようなぽかぽか陽気。
なこは、縁側でひなたぼっこをしていました。




次の場面で、なこがキッチンのほうにいた時、窓からライオンが入ってきました。
わたしは、なこが食べられる!と思い、ライオンがなこに気づかないようにそっとなこのほうに行き、なこを抱き抱えました。
するとライオンは実は犬で、自ら外に出て行くのです。





今回の夢では抱っこもできました。
なこを抱き上げた感触が、ハナのくにゃっとした身体よりもしっかりして少し硬くて、「ああ、これ!なこの硬さ!」とまたリアルさに驚きました。





毎回驚くのは、夢の内容ではなく、そのリアルさなのです。
もう4年半も経っていて、なこのしぐさや癖は、忘れていることも多いのに、夢の中のなこはまさに本物で、夢で見たり触れたりすることで、毛の手触りや、オシッコの仕方など、「そうだった!」と思いだすのです。
やはり、本物なのでしょう。
いつも夢の中で、「ああ、なこ・・」と次々に記憶がつながって、思い出すのです。
本当に会えたのと、同じことです。







近頃、よく会いに来てくれます。
天国へ行ったばかりの頃は、全然出てきてくれなくて寂しい思いをしました。
これにも、何か理由があるのだろうと思っています。






最近、なこと夢で逢えるのは、決まっていい眠りをした時です。
なこは、わたしにあまり元気がない時は、出てきてくれません。
調子のよい時に、出てくるのです。







天国へ見送ってすぐとか、調子の悪い時にたくさん出てきたら、わたしはもう、眠ってばっかりになるでしょう。
毎日なこに会えるのなら、夢の世界にどっぷり浸かるでしょう。




最近見る夢の中では、わたしはなこが亡くなっていることを理解しています。
4年半経ち、わたしがちゃんと、天国にいるなこを認めることができたから、なこは出てきてくれるようになったのかもしれません。





どうやら、あっちの世界にいるあの子たちが、こっちにいるわたし達とコンタクトを取りたいときは、そっとやるのがルールのようです。気づくか、気づかないか、くらいのささやかなところで。



それに気づいたときは、嬉しかったなあ!
ハナのライラック、ももおばあちゃんのセンニチコウの花言葉・・。
なこと造った庭に、シジュウカラの赤ちゃんが生まれて、動物は死ぬだけじゃなく、生まれてくることを知ったこと・・。
他にも、数えきれないほどあります。






あんまり普通に目に見えて現れたりしたら、きっと混乱するし、嬉しくて、わたしはそこに留まり続けるでしょう。
世界は違うと理解するからこそ、寂しさを感じ、残された者は、新たな世界へと、手を伸ばしていくのでしょうから・・。







4年半も経つけれど、なこは変わらずわたしを想ってくれています。
わたしがなこを想っているように。



愛する愛犬とわたし達は、永久に両想いなのです。







ちなみに、目が覚めてから、今回のご用はなんだったのかな?と考えていたら・・。
キッチンにあった、なんとなく買ったバナナが目に入りました。
あっ、これか!と、なこにお供えしてやりました(笑)


あれから、7年。

今日は、そういえばハナの命日でした。
7年も経ちました。




昨年、ハナと同じ歳で、同じ境遇の子が安らかに天寿を全うしたことを、飼い主さんのブログで知りました。
ハナにそっくりで、かわいくて、生きていたらこんなおばあちゃんなのかな、という気持ちでいつも見ていました。


でも、そのことで、わたしもようやく、気持ちに区切りがつきました。
ハナがもし、大往生したとしても、旅立ちの時期なのだと・・。
ハナがもし生きていたら何歳、とはもう考えなくなりました。





昨日、久しぶりに花の苗をたくさん植えたのですが、今日は優しい春の雨が降っています。


前からそうなんです。
わたしが庭に何か植えると、次の日に雨が降ることがとても多くて、根がつく手助けをしてくれます。
植物は、植えたあとに、雨が降るのが、一番いいのです。




7年前、あの小さなかわいい子は、すごい力でわたしに家を建てさせました。
いつか、ハナはいなくなるとわかっていたのに、わたしはなにかに突き動かされるようにして、家を建てました。



ハナはここに、2か月しか住んでいなかったのに、天国へ行ってからも、ずっと一緒に住んでいるような気がします。




ハナを想いながら建てたこの家は、ハナそのもののようでもあり、家にいると、ハナの中にいるような気持ちになります。





10年前、海が見えるアパートで、ももあばあちゃんを抱っこしながら、ベランダの鉢植えに咲いた花を眺めていた時、これ以上の幸せはないような気がしました。

今、その夢の続きにいます。




どんなに調子が悪くても、忙しくて長くほったらかしても、いつも優しく迎えてくれる庭。
庭にさえ戻ることができたら、あの子たちに、いつでも会える。




あの頃、森のようになった庭で、ハナと過ごすのを夢見ていました。
あの頃見た夢の中に、今わたしは生きているんだな。



ハナ、ありがとう。
7月21日 016

神様と、お賽銭。

こんにちは。
いつも、「拍手」ボタンありがとうございます。




昨年の終わりに、父が病気をしたのですが、経過がいいので、初詣に行った神社に、ご挨拶に行ってきました。




以前は神様の前で、「いつもありがとうございます。あれと、これと、これもお願いします。」と、はっきりお願いができたのですが、なぜか最近うまく言えません。



いいことも、一見悪いことも、全ては必要があって、全てはなるようになっている、全てはうまくいっていると、少しわかってきたからでしょうか。
なんとなく最近は、神様を前にすると何も思いつかなくなって、「いつもありがとうございます、これからも見守っていてください」としか、言えなくなってしまいました。





今日はお賽銭箱に、初めて二千円入れてみました。
以前は五円とか、105円とかでした。



二千円は、高いのでしょうか?安いのでしょうか?

人間に渡すお金だったら、「いえいえ、もらい過ぎです」とか、「これだけ?」とか、色んな反応があるでしょうから、それなりの相場がありますが、神様へのお金は、自分が決めるので難しいです。
神様に、お茶菓子でも買ってください、と言うのもなにか違う気がするし。
それなら、お花とか置いてもいいのかしら、でもそんなの置いてあるの見たことないし、枯れてしまうし、いらないかもしれないし。




二千円って、色々買える。
お弁当なら4個は買える。
お菓子なら、けっこう買える。
花の苗なら、安いので5個、高いので1個。




そもそも、五円で願い事を叶えてもらおうとするのはずうずうしい気もするし、だからって神様は、お金がなくても見守ってくれる気がします。



父の健康は二千円じゃ安いけど、それならいくら入れたらいいのかさっぱりわかりません。
そもそも、父本人は神様に祈ったりしませんし(笑)。
そんな、お礼なのか、ご挨拶なのかよくわからないまま、なんとなく二千円をお賽銭箱に入れました。




神社にある、樹齢八百年~千年くらいの大きな木を見て、(木っていうかこれが神様?)拝観料としてお支払いしてもいい気がしました。
これが生きてるんだもんなあ~ハハア~。
巨木ってすごい。



お賽銭って何なのかな~と考えた出来事でした。
今度、そういうことに詳しい知人に聞いてみます。




最後にふと、いつかどこかで見たカレンダーに書いてあった言葉を思い出しました。


「拝んでいなくても、拝まれている」

わたしの事を、拝んでくれている人がいるかもしれない。
親はきっと、わたしが生まれてから、無事に育つようずっと願ってきたのだろうな。



人の為に祈るって、幸せなことなのかもしれませんね。





なこのにおい



この前パソコンをしていたら、なこのにおいがした。


「もわっ」とした(笑)、なこのにおい。


眠いときなのかな、体温が上がった時の、香ばしいような、なこのにおい。


そばに来ているのかな、と嬉しくなった。


パソコンの横に置いている写真は、気がつくといつも、パソコンのうしろに行ってしまっている。


控えめななこは、すぐ、かくれてしまう。


こっそり会いに来たのかな。 なこ、ばれてるよ(*´ω`)


春は、庭に出る機会がぐんと増えて、なこを感じることが、多くなる。


天国は、おまつりさわぎ。


この世から 誰かを 見送るとき

私たちが 悲しみに 打ちひしがれるとき

天国では おまつりさわぎをしている

「よく帰ってきたね、おつかれさま。会いたかった、会いたかった。」




私たちが 生まれた命に 歓喜の声をあげるとき

天国は お葬式のような静けさで 別れを惜しんでいる

「本当に行っちゃうの?ずっとここにいればいいのに。修行なんて、しなくていいのに」





あの世とこの世を 行ったり来たりしながら

どちらにも会いたい人がいて

「また帰ってきてね。必ず会おうね」

その約束を 果たし続けているだけなんだ 




なこに会える!



桂

白ヤマブキ

都忘れ

アシュガ

タイム


春の庭には、なこがいる。

うれしくて たまらない!!


Appendix

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プロフィール

まい

Author:まい
福岡県に住んでいます。                   自然がいっぱいのハナハウスに                なこと暮らしています。 

なこ

PA0_0531_convert_20100523170349③
2010年5月1日、ハナと同じ所                  から、黒パグの菜子(なこ)を迎え                  ました。この日を誕生日に。名前は、ハナの「ナ」をもらいました。    7歳です。                        5.9kgです。                          好きな食べ物:バナナ、パン    趣味:園芸  毎週火曜日に、犬の中学に通っています。植物係です。好きな教科:体育            現在お休みしています。        2012年7月7日、お星様になりました。享年7歳。

ハナ

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5.6キロのちびパグ ハナです。  誕生日:うちに来た11月3日。                理想のタイプ・・・ムシャさん。    将来の夢は、空を飛ぶことと、コーヒーショップの店員でした。           2010年2月17日、8歳で虹の橋へ。 今は天国でふかし芋を食べています。

ももおばあちゃん

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2007年2月、知人より、                     10歳だったももおばあちゃんを                   預かりました。                           同年9月24日、虹の橋へ。                     わたしの人生の転機となった、重要人物。口癖:「まいちゃんは、もっと女らしくしないと」特技:無駄なジャンプ。        

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